歌手の小柳ゆき(36)が2019年1月25日に自身のツイッターアカウントとブログを更新。2018年限りで所属する芸能事務所「バーニングプロダクション」を退社し、すでに独立したことを発表しました。
小柳ゆきの所属していた芸能事務所といえば、泣く子も黙る芸能界のドン・周防郁雄氏が代表取締役社長を務める「バーニングプロダクション」で、他にも
- 稲森いずみ
- 内田有紀
- 郷ひろみ
- 三浦翔平
ら著名タレントが所属しています。
気になるのは、なぜ小柳ゆきが長年にわたって苦楽を共にしてきたこのバーニングプロダクションでの所属を辞め、独立という道を選んだのか、という点ですよね。
そこで、この記事では歌手の小柳ゆきが2018年いっぱいで所属する芸能事務所「バーニングプロダクション」を辞めて独立した本当の3つの理由について紹介していきます。
この記事はザッとこんな感じ!
小柳ゆきがブログ&ツイッターでバーニングからの退社と独立を発表

芸能事務所バーニングからの退社と独立を決めた小柳ゆき
2018年限りでバーニングプロダクションを退社していたことを、なぜか2019年1月25日に自身のアメーバブログ『Yuki Koyanagi』とツイッターアカウントにてファンへ報告した小柳ゆき。
彼女がファンへ向けて伝えた芸能事務所退社と独立の報告メッセージは以下です。
いつも応援してくださる皆様、ご関係者様へ。
私、小柳ゆきは2018年いっぱいで長年お世話になりました事務所を辞め、独立した事をご報告させて頂きます。
デビューから20年目を区切りに、新たな船出を決意し独立するに至りました。
私の歌を世に送り出し、沢山の方々に聴いて頂けるきっかけを作り、長年守って頂いた関係者の方々には本当に感謝しております。
まだまだ手探りではありますが、自分自信、楽しみながら色んなことにチャレンジしていこうと思っております。
これからも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
小柳ゆき
小柳ゆき公式ブログより引用
また、小柳ゆきはツイッター上でも2018年限りで所属事務所を辞めて、現在は独立しフリーで活動していることも発表しています。
いつも応援してくださる皆様、ご関係者様へ。
私、小柳ゆきは2018年いっぱいで長年お世話になりました事務所を辞め、独立した事をご報告させて頂きます。
デビューから20年目を区切りに、新たな船出を決意し独立するに至りました。
— 小柳ゆき (@yuki_koyanagi) 2019年1月25日
独立から発表までのタイムラグの理由
1999年にデビューし、2019年には活動20周年という節目だった為、また、5月に開催されるコンサートやライブの告知なども併せて発表したいという思惑から、事務所退社の1ヶ月後に発表という格好になったのかもしれませんね。
小柳ゆきの大ヒット曲の数々
まさに“平成の歌姫”と呼ぶにふさわしい小柳ゆきですが、日本の音楽史に残る歌謡全盛期には多くの大ヒット曲に恵まれました。
- 『あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜』
- 『愛情』
- 『be alive』
- 『remain 〜心の鍵』
これらは小柳ゆきの歌手人生を象徴するかのような素晴らしい楽曲であり、凄まじいヒットを記録したシングルでもあります。
しかも、小柳ゆきの所属していた事務所は芸能界において大きな影響力を持つとされる周防郁雄代表の「バーニングプロダクション」です。
女優の小泉今日子が長年にわたって“過剰に”守られ続けていたことでも知られる「バーニングプロダクション」ですが、そんな“手厚い最強事務所”を辞め、小柳ゆきが独立を選んだ本当の理由とは、どのようなものなのでしょうか。
小柳ゆきが事務所を辞めて独立した本当の3つの理由

小柳ゆきが独立を決めた真相は?
小柳ゆき本人は20年近く所属してきた事務所「バーニングプロダクション」を退社した理由について詳細に語ってはおらず、
デビューから20年目を区切りに、新たな船出を決意し独立するに至りました。
という言及に留めています。
しかし、ファンにとっては具体的な事務所退社&独立の理由を知りたいはずです。
小柳ゆきが独立した理由①:バーニングによるバックアップへの不満
どんなに実力のある歌手やタレントでも、やはり芸能界において成功するか否かは所属する芸能事務所のパワーや営業手腕、また、そもそも自分自身をしっかりと売り込んでくれるかどうかにかかっています。
もちろん天下のバーニングプロダクションに在籍している以上、事務所面での不満を口にすることはおかしな話でしょうが、小柳ゆきは全盛期に比べて、バーニングからのプッシュや売り込みといった営業に違和感を覚え始めていたようです。
小柳ゆきが事務所退社と独立を正式に発表する以前、2018年12月18日にすでに小柳ゆきとバーニングプロダクションの軋轢や不協和音を報じるニュースがアサ芸より配信されていました。
そんな小柳に、最近になって所属事務所との間で不協和音が聞こえてきているという。
「小柳さんは近年、自身の活躍の場が狭まっているのは所属事務所の怠慢と思っているフシがあるそうで、独立の話も持ち上がっています」(大手レコード会社のスタッフ)
とはいえ、小柳が所属するのは泣く子も黙る芸能界の重鎮S氏が率いる大手芸能事務所である。
「最近は実質的なマネージメントをSさんの義理の息子が社長を務める系列の事務所が担当しているようです。シビアな話、いくら歌唱力がすぐれているとはいえ、現在の小柳さんのタレント価値はお世辞にも高いとは言えません。それでも過去の実績も加味して社長みずから慰留に動いているようです」(前出・大手レコード会社スタッフ)
人気絶頂時ならいざ知らず、このタイミングでの独立には何のメリットもなさそうだが…。
アサ芸より抜粋
たしかにここ10年ほどは小柳ゆきの全盛期と比べ、あまりヒット曲なども少なく、音楽番組に出演する機会も激減してしまった印象があります。
小柳ゆきは、それが自身の実力や歌唱力に原因があるわけではなく、事務所バーニングプロダクションの営業不足や扱い・処遇に問題があると考えていたのかもしれません。
しかし、彼女が独立せざるを得ない理由は他にもあるようです。
小柳ゆきが独立した理由②:“音楽氷河期”での売り方を変える必要性
小柳ゆきが『あなたのキスを数えましょう』や『愛情』といったヒット曲でイケイケだった1990年代後半から2000年代初期は、まさに音楽業界全体が潤っていた歌謡全盛期とも称されます。
そんな時代に、
- 宇多田ヒカル
- globe
- 浜崎あゆみ
- 倉木麻衣
- 倖田來未
といった歌姫らと肩を並べていた小柳ゆきにとって、昨今のCDが全く売れない“音楽氷河期”は辛く苦しい時期ともいえるでしょう。
最近の音楽業界では、上記の歌姫による正攻法ではなかなかヒット曲をリリースすることは困難となり、
- 無料動画配信サービスとの連携を巧みに利用した米津玄師
- CDに握手券などを含ませる“抱き合わせ商法”を用いたAKB48
といった歌手・アーティストグループが成功を収めています。
つまり、小柳ゆきは『愛情』を歌っていた時代とは、根本的に活動の方針やスタイルを変えなければ、この氷河期を生き抜くことは困難であり、事務所からの扱いなども相まって彼女の中で不満が蓄積していたとも考えられます。
小柳ゆきのようにCDが売れずに困っているアーティストにとって、生き残りを見出す為の活路は、
- YouTube上でのチャンネル開設
- ライブ&コンサートの主催回数を増やすといった策
が有効でしょうが、
そのような柔軟性のある活動をスタートさせるためにも、やはりバーニングプロダクションからの退社と独立が必須だったのではないでしょうか。
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尖りまくっていた時代の小柳ゆき
過去に小柳ゆき本人も認めていますが、2000年前後の“小柳ゆき全盛期”には事務所バーニングプロダクションのスタッフやマネージャーに対して、粗暴な扱いをするようになり、「天狗になっていた」ことは有名な話。
バーニングプロダクションの収益の多くを占めていたとも囁かれる小柳ゆきの全盛期であれば、そのような振る舞いをしてしまうのは無理もないでしょうが、問題なのは、彼女が全く売れなくなってからその“しっぺ返し”が来てしまうということです。
しかも、小柳ゆきが大ブレイクを果たしたのは1999年で17歳の時。
「あなたのキスを数えましょう」は45週連続チャートインという超異例のロングラン大ヒットとなり、その辺の普通の高校生とはケタ違いの影響力と売り上げを記録してしまったわけです。
これは芸能界だけに限らず、スポーツの世界にも当てはまることですが、若くして出世し、大成功を収めてしまう早熟の天才というのは、私生活における振る舞いや言動に問題が生じ、早くに晩期を迎えてしまうというケースが多いですよね。
今回のバーニングプロダクションからの退社という決断には、事務所幹部からの慰留や説得があったそうですが、かつて小柳ゆきから“モノのように”扱われた社員やスタッフにとっては、早く辞めてくれ!というのが本音かもしれません。
やはり売れても初心を忘れずに活動していくことが、長期的に求められる人材になるには必須の条件のようですね。
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